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    • 2017.09.17 Sunday
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    武道随感  薙刀雑感  

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       薙刀の初心者講習が終わってから入門したという、ちょっと時期外れの女子大生が一人入門した。前回ちょっと僕が型の相手をした女性である。  実はこの女性の入門に伴い、ちょっとした騒ぎが起きていたことを、今日、奥さんから聞いた。と、いうのも、その件の女子大生は武道経験ゼロ、武術知識ゼロのまるきりの素人である。  しかし僕が傍らで見ていたときは、「メ〜ンッ!」「すねっ!!」と元気に声を出していた。持ち方も姿勢も、振り方もバラバラだが、熱意と元気さだけは伝わってくる。以前に日記に書いた空手と柔術経験者と比べても、その熱意の差は明らかだ(ちなみに件の彼は、結局入門しなかった)。  こんも元気な女子大生、実は入門に際してネットで検索し、宗家のところに連絡を入れたらしい。『宗家』…と言えば、実は直心影流の宗家、園部先生のところということになる。…げぇっ!! 園部先生に直接連絡!??  園部先生というのは薙刀のみならず、戦後の武道界に大きく影響を与えた園部秀雄先生の血縁者ということになる。園部秀雄先生というのは、本名を園部秀子といい、立派な女性である。  園部先生は直心影流、榊原鍵吉の「撃剣興行」を見て感動し、直心影流に入門した。撃剣興行というのは武士がいなくなった世の中で、武術を習得した者が興行として異種試合などを披露し、生活の糧としていた興行のことである。  この園部秀雄先生が直心影流を引き継いだわけだけど、この先生の対剣道における異種試合の勝率が凄かった。剣道界の重鎮、中山博道先生(『昭和の剣聖』と呼ばれる。長谷川英信流の居合いでも有名)や高野佐三郎先生(中西派一刀流)などをことごとく打ち破ったという、とんでもない女傑である。  ウィキによれば園部先生の敗北は二度ほどで、後はことごとく相手を打ち負かしていたわけである。僕が以前に『最強の武器は薙刀である!』と書いたのも、この園部先生の事績に負うところが大きい。  で、件の女子大生だが、やはり現在の薙刀界の重鎮である園部秀雄先生から三代後になる園部正美先生のいるところ(恐らく秀徳会か)に連絡をとったらしい。  で、それからが騒ぎである。本人は東京、本部は関西である。そこで宗家の紹介ということで東京の道場に連絡が来たらしい。しかし「ご宗家の紹介の人なんて…」と、その事情もよく判らないまま恐れ多くなってしまったということである。  まあ、結局、本人は八王子の体育館に来たわけだけど、恐らく本人はなんにも知らないのである。知らないってのは、凄いことだ。それに、いい事かもしれない、ある意味で。数年後には多分、笑い話になるのだろう。    話変わって。総合図書というとこの出してる『図解 戦国合戦の戦い方』という本を本屋で購入した。1000円程度の安価な価格で、なかなか面白い本である。戦国時代の合戦の模様が、細かいところまで考証に上げられてる。  以前に僕が紹介した『刀と首狩り』でも考察されていたが、刀は合戦の主武器ではなかった。主武器はもっぱら弓矢、そうでなければ『槍』だったのである。  しかしこの槍の使い方も、一般的に考えられてる「突き」を主体としたものではない。足軽などの技術を持たないものが横一列の隊列をなして、振り上げて叩きつける、と言う戦法がおもな使い方だった。この本は、そういう戦国合戦の新しい考証の蓄積が、実に明快な図解とともに紹介されている。  そのなかで興味深かったのは、戦国時代の『馬』の考証である。戦国時代の馬は現在のサラブレットのような大きさはなく、ポニーに近い小柄の馬だった。  その小柄な馬に、甲冑をフル装備した鎧武者が騎馬戦をしたとは考えにくい。馬はもっぱら移動手段で、合戦においては下馬して戦うのが主だったと考えられているのである。  あ、と思ったのは、僕の「なぜ、薙刀のように『斬る』『突く』双方に優れた薙刀ではなく、槍が戦場の主武器になったか?」という疑問の答えである。  この本では「槍は弓や刀剣類のように技術を要する武器よりも、圧倒的に扱いやすかった」とある。これは薙刀にもいえることである。斬る、薙ぐ、突く、左右の変化、上下に自在に繰り出す薙刀の多彩さは、そのままその使う技術の高さへとつながる。  足軽の持った槍は、恐らく左右の持ち手を変えることなく、振り上げて叩きつける、という判りやすく単純な戦法だったろう。その扱いやすさが集団戦の合戦の場で主武器になったことは想像に難くない。  それがどういう経緯で「女性の武器」となっていったのかはまた考証の必要があるが、とても興味深いことではある。それは少なくとも、集団戦の武器として広まったものではなく、個人的なものとして選ばれたということだ。  元気な女性は物怖じせずに、新しい世界に飛び込んでくる。元気なことだ、その元気さが頼もしい。  
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    • 武道随感  薙刀は五番目

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         前回の日記でちょっと「マジメに薙刀に取り組んでる」みたいなカラーを出しすぎたので、バランスで少し力を抜いてみる。  僕が薙刀を始める前に、奥さんから聞いていた話がある。それは薙刀をやってるご婦人方同士で話をしたときに、「薙刀は五番目」というスタンスの人が多かったという話である。  それは「自分にとって大事なものの順位」という話になったときの事である。多くの薙刀を振るご婦人は、一般家庭の主婦である。ご婦人方にとって一番大事なものは『家族』。および、その『健康』なのである。  そして二番目に『自分』。そして三番、四番が様々にバラついて、『薙刀は五番目くらい』なのである。それが薙刀をやるご婦人方のスタンスなのである。  僕は当時この話を聞いて、自分も「家族が一番だよ」と答えたところ、奥さんに鼻で笑われた。「い〜や、そうじゃないでしょ。自分の『夢』が一番でしょ。どうこう言っても」と奥さんは笑った。確かに核心をついていて、ひとたまりもない。  まあ、しかしそれでいいかとも思った。支えてくれる奥さんがいるのだから、自分は自分の道を模索し探求しようと思っていた。確かに僕にとって「武術」とは、哲学や社会思想と並んで、一番に探求すべき課題であり、もしかしたらそれは『自分自身』より上位にくるものかもしれなかった。  今は正直に言って、スタンスが変わった。無論、思想的課題や探求すべき社会的課題も抱えている。そして武道としての薙刀もやっている。しかしそれが「一番」という感じはなんだか無くなった。一番は『家族』とは言わないが、僕を含めた家族の『生活』が一番、という気がする。  『薙刀は五番目』というのは、極めて健全な感覚だと僕は思っている。例えば薙刀をやってるご婦人方のなかには、両親の介護が必要になって薙刀を止める人や、健康上の理由から薙刀を去る人が多い。そこで「自分は薙刀家であるから」という事に固執したりはしない。  僕も多分、今なら不可避的な理由があるなら薙刀および武道をやめられると思う、これは正直に言うと以前にはなかったスタンスだ。  けど僕は基本的に、武術のために家庭を顧みなかったり、武術のために家庭を不幸にすることを本末転倒だと考えている、何のための武道なのか? それは自分を含めた家族の生活を守るための武道であって、それ以上のものではない。  生きるための武道である。武道のために生きる、のではない。少なくとも僕は。薙刀の奥様方も、多分、薙刀のために家庭を顧みない、なんてことはない。あくまで『家族』が第一、である。  うちの奥さんはフェミニストではない。フェミニストとは厳密な意味で言って、「女性が男性(一般社会基準)と同等の権利を有することを目指す思想」なのだ。必然的にそれは、「女性が男性並に働く」ことを前提にした思想なのである。ほぼ専業主婦の奥さんには、ある意味では関係のない思想なのだ。  僕は一部ではフェミニストではあるが、それ以上に重視していることがある。それは「男性(一般社会基準)と同等の権利」を目指すことではなく、「一般社会基準に至らない弱者が保護される原理」である。  これは近いようで、全く異なる原理である。ともに『社会の平等性』を求めるという意味では近似性があると思うが、『社会的弱者』とは「一般」からこぼれた者なのである。  「一般社会基準」を標準とする思想では、それに至れない者は落語者である。その社会的条件の非対称性を顧慮するというのは、単に「平等」を求めるだけでなく、異なる条件の者の間に「対等さ」を求める思考なのである。  …話を戻すと、『薙刀』というのは実は、極めて『ジェンダー(性意識)』のカラーがついた武道なのだ。『薙刀』といえば、誰もが「女性がやるもの」というイメージがある。フェミニストなら当然、否定すべき既存の性差別意識である。  しかし薙刀は、「女性である」からといって、「男性に従属的」な女性像を容認するものではない。しかし同時に、女性に「男性と同等の権利」を要求するものでもない。  奥さんは「女性には女性の幸せがある」と口にする。僕は「男には男の責務がある」と思う。以前に僕がそう口にしたとき、僕の言ってることを「家父長的」と批判したした人もいたが、そういうことではない。  「従属的な女性」と「家父長的な男性」でなくても、男性と女性とそれぞれの性差を認めつつ生きる生き方がある。むしろその性差、非対称性や責務を認めないのは『悪平等』だという気がしている。  薙刀を学ぶご婦人方は、『薙刀』が持つ『女性』のイメージも含めて、それを「美」として学びにくるという感じがする。そういうなかで「薙刀は五番目」なのだ。僕なんかはまだ、小理屈こねて真面目に取り組みすぎてるかもしれない。  大事なのは『生き方』であって、武道的な達成度ではない…のかもしれない。まだまだ「一番は家族」と、胸を張って言えない未熟者である。 
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      • 花鈴.占宗庵・北海道函館市深堀町

      • 武道随感  薙刀で打たず、心で打つ

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             薙刀はよほど重い武器だったと思える。中段に構えてるときは、後ろ手がそけい部に接していて、薙刀も大腿部にくっついている。八相に構えたときは、前の手が腰骨の上に乗っている。薙刀も腹部から胸にかけて接している。 「薙刀をいつも、身体にくっつけて」とは入門した当初に言われたことだった。昨日は八相の構えから振りまで、基本の基本から見直してもらった。八相の構えのときに前の手が浮いていると注意されたのだった。  薙刀だけでなく、薙刀を持つ手まで身体に接していて、そこを「支え」にしているわけである。そうして支えなければ重い薙刀に振られてしまうのだろう。重い長物を過分なく使うための、細心の工夫である。  『薙刀で打たず、手で打たず、腰で打たず、心で打つ』が薙刀の標語だそうである。最終的には『心』で打つのだが、僕は「手で打たず」の段階も満足にできているとは言えない。  『心で打つ』は、別段、精神論ではなく、単なる事実である。薙刀をもって高段者と向かい合うと、まずその射すくめるような目線に気圧される。「心」を打たれて、戦う前に負ける。  しかしこのような「手で打たず、腰で打たず」の難しさときたら! 鏡に向かって、姿勢と形をチェックしながら素振りをするのだが、まず満足いくようにできない。  そんな難しさに、薙刀をやってる普通のご婦人方が、僕同様に取り組んでいる。休憩中に「難しいですね〜、薙刀は」と笑いかけると、「やればやるほど判んなくなってくるわよね〜」と笑いかえされた。みんな熱心に、基本の振りの「難しさ」に取り組んで、素振りをしていた。  新しく入門した初心者の女子大生に稽古をつけていたKさんに呼ばれ、最初の仕掛け応じの相手をする。そんな折にKさんがふと、「何がなんだか判らなくなっちゃって、最後は歩き方まで判らなくなっちゃったりして」と冗談めかして笑っていた。多分、冗談じゃないのだろう。    僕はテクスト(文学、その他)においては、『解釈の多様性』という原理を理解していた。テクストに「誰もが読み取りうる」ような『意味』が前提されてるのではなく、テクストの意味は「解釈者」によって変化するということだ。  どんなに素晴らしい文学作品だって、それを表層的な水準でのみ理解するということは充分にありえる。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』だって、読む人にとってはミステリーでしかないかもしれない。  それがいいとか悪いということではなく、読み手がどれだけ『作品のポテンシャルを汲み尽くしたか』という事に重点があると僕は考えている。また優れた作品とは、それだけ『深い読み』に対する強度やポテンシャルを備えた作品なのだ。  しかし例えば、明らかにその当人が批判されてるような文章でも、その当人がそれに気付かずに他人を中傷したりするときの口上にしたりするようなことだってありうる。どんなに倫理的な言葉も、全く身勝手に理解される事だってありうるのだ。それが『解釈の多様性』という現象である。  しかし僕は武術や武道に関しては、実にナイーブに「誰もが到達する境位がある」と考えすぎていたかもしれない。どんな人でもその武術を修行することで、ある倫理的な境位、精神的成熟に達すると思いすぎていたきらいがある。  しかしどれだけその媒体のポテンシャルを活かすかは、その取り組む人(解釈者)の取り組み方、読解力次第だと思われる。どんなに素晴らしい媒体でも、その本人が身勝手ならばなんの役にも立たないかもしれない。  しかし作品それ自体が内包する『意味』を、全く無視して自己流に解釈を続けることもまた不可能である。素晴らしい作品は、やはり優れた「意味」を内包しており、読解者の心になにがしかの衝撃を与えるだろう。  僕が「薙刀」という高いポテンシャルを持つ媒体を活かせるかどうかは、僕の取り組み方次第。これからの心がけ次第という事である。
        • 徳望クリニック・北海道帯広市東南
        • 占一館・北海道帯広市西南
        • 幸福占い登別の母・北海道登別市幸町
        • 報徳寺ダイヤル相談・北海道登別市上登別町
        • スピリチュアル霊視タロット鑑定ねこのおひるね・北海道登別市若草町
        • スピリチュアル霊視タロット鑑定ねこのおひるね【登別市】 霊能力者
        • 空花風・北海道苫小牧市王子町
        • まるふじ・北海道苫小牧市汐見町

        • 日々の事  ロックの最新アルバム

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             と、題を見ると、なんだか音楽情報みたい。そうではなくて、我が家の暴れん坊ロック君の最新写真集である。まあ、そんな大したモンではないけど。  それはそうと沼津のときの補足だが、妹と一緒にでかけた時に不意に言われた。 「お兄ちゃん、日記に結婚の事書いたでしょう! お母さんが日記読んでて、私が話す前にみんな知っちゃってたよ!!」 「…え? 電話かなんかで話してなかったの?」 「話してなかったよ〜。まあ、大体、判ってたみたいだからいいけど」  妹とその彼氏に会って食事をしたときの事は書いたと思うが、その日記を母が読んでいたというわけである。あの段階ではまだ、妹は両親に結婚の事は正式には報告してなかったのだ。それを全く知らなかった。  まあ、しかし事後了解で問題なしだったので、ヨシということで。いやあ、いかにもネット時代の事件らしい。ワッハッハッハ。  ところで前回の日記に「ロック用のペットボトルを忘れた」と書いたが、実はあれにはオチがある。家に帰ってきて「恐らく玄関にでも忘れたんだろう」と思い、ロックのボトルを探すが何処にもない。  もしや…と思い、車の座席の下をよく見てみると、「あった!」。  実はやっぱりちゃんとペットボトルは入れていて、それが運転中に座席の下に転がりこんでいただけだった。ちょ〜ショック! けど、おでかけ用のペットボトルが増えたのでまあヨシとする。前の小さなやつは、ロックがどうも飲みにくそうにしていたし。  ちなみに沼津からの帰り際に、沼津港の方に寄ってアジの干物とお茶を買ってきた。今日の夕飯はそのアジの干物に、帰り際の酒屋で買った福島のお酒「奥の松」をいただく。ラベルに仰々しく「モンドセレクション金賞受賞」とか書いてあったので、どれだけ美味いんだろうと思ったのだ。  アジの方は非常に小ぶりだが、旨みが濃厚にギュッと詰まっている。さすがに干物は美味い! ちっちゃいので二匹をおかずにして、卵ご飯。味噌汁には朝市で買ったナスと、実家で貰った岩ノリが入っている。  「奥の松」はフルーティで甘さが強いが、その分辛みも強い。全体的に非常に濃厚な味だが、僕はもう少し清涼感のあるほうが好みだ。自分に合う好みのお酒を見つけるのは、まだまだ先のようである。  ちなみにお茶は静岡県産の「愛鷹茶」。沼津あたりから見た富士山の前には、必ず「愛鷹山」がある。これは「あしたかやま」と読み、地域の人が愛してやまない山だそうだ。小さな、可愛らしい山である。  霊峰富士の眺めは確かに勇壮だが、天気によっては富士は雲にすぐに姿を隠してしまう。今回の沼津行きも、天気に恵まれず富士の姿は見えなかった。  しかしこの愛鷹山はいつでも沼津の人に、その姿を見せている。この愛鷹山のふもとにこのお茶の栽培元があり、それで今まで単なる「静岡茶」としていたものを、思い切って独立ブランドにしたそうだ。食後しばらくたった今、おやつを食べながら飲んでみたが中々に美味しい。  今まで我が家にはほとんどお茶を飲む習慣はなかったが、これを機にお茶の時間を作ろうと思っている。リラックスして中々よい。全然、余談だけど、奥さんも僕の着ているのを見て作務衣を購入した。夫婦揃って作務衣の生活である。  これぞ『和の世界』とかいうほど、和物にこだわるつもりもないのだが、段々、そうなってきたのかと思う。明らかに池波効果である。オヤツはまだマドレーヌとかだけど。  そんなわけで、ロック君の最新アルバム。例によって説明は奥さんによるものである。 http://mixi.jp/view_album.pl?id=33303199&owner_id=16012523  
          • うらない室オーブ・北海道小樽市松ケ枝
          • 出雲神話工房アクエリアス・ミッション・北海道千歳市文京
          • 齊藤美智子・北海道川上郡標茶町旭
          • 心をいやす占い館・北海道帯広市西南
          • 占久店・北海道帯広市東南
          • 輝秀玲・北海道帯広市西南
          • ウラノス・北海道帯広市西南
          • 大平開運総合研究所・北海道帯広市西南

          • 日々の事  沼津行

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               金曜日に仕事を早めに切り上げて、すぐに沼津へ直行。しかしあいにくの雨模様で、夜の上に視界が悪い。S字カーブに緊張しながら、なんとか6時半発で、10時半には沼津に着いた。  この日はロックはリビングで独りにされて、寝る直前までピスピス鳴いていた。翌日の土曜日も朝は雨模様だったが、しかしやがて雨も上がりこの日は天気に恵まれる。  母親が「朝市に買い物に行くから、一緒に来なさい」というので、ロックと一緒に連れ立って出る。歩いて3分もしない場所に、「JA直販所」と看板が立った場所があり、既に多くの人が列をなして開始時刻を待っていた。  奥さんはキュウリと水菜を買ってくる。僕はロックと傍で買い物待ちをしていたが、両手にビニール袋3つほども野菜を満杯に買ったおばさんに声を掛けられた。 「まあ、可愛いわねえ、そのワンちゃん」 「よかったなあ、ロック。それにしても、いっぱい買いましたねえ」 「うちは二人なんだけどね、近所の分も買ってるのよ。そこも二人暮らしなんだけど、足が悪くてねえ。普段は自転車で来るんだけど、今日は雨上がりだからね」  と、そのおばさんは両手に大荷物を持ったまま笑いながら去っていった。うちの父もそうなのだが、釣りにいったりすると、知り合いの人から大量に魚をもらってくるらしい。ここら辺ではまだ近所づきあいとか、相互扶助とかが生きているのかもしれない。  午前はそれから近くのカインズホームに行く。途中で気付いたのだが、ロックの水飲み用ペットボトルを忘れたらしいので、買いにいったのだ。そこでロックの新しい服も買った。メッシュ仕様のランニングみたいなものである。  で、この日の昼食は、母親特製の『笹寿司』である。写真の一枚目がそれ。母親は新潟出身で、笹寿司は母の田舎の郷土料理である。笹寿司は竹の子とワラビの二種類があって、後の具はコンニャク、クルミ、鶏肉などである。これを甘辛く煮たものを笹の上に乗せた酢飯に乗せ、それを何枚も重ねるのである。  傍の味噌汁はその日の朝に朝市で買ってきた「いもの芽」なるものが入った味噌汁である。この「いもの芽」は形状はゴボウみたいな細長い感じだが、味と食感は里芋に似ている。味噌汁も美味しかった。  昼食後に昼寝をするが、その時はロックと一緒に寝ることにする。うちでもそんな事はしたことがないのだが、ロックが興奮した上に寝付かれないみたいだったので、安心させるために一緒に寝ることにしたのである。  ロックは僕と奥さんの布団の間で、心底安心したらしい。ぐっすり寝て、すっかり元気になったらしかった。  昼からは皆で、沼津の隣市である三島市にある三嶋大社に出かけることにする。三嶋大社は由来はよく判ってないようだが、非常に大きな神社であった。なんでも松坂の結婚式のときは大変な混雑だったらしい。  神社にあった記述によれば、その大きさは出雲大社に匹敵するほどだそうである。確かに本殿の大きさはかなりのものである。それに欄干などに施してある透かし彫りも美しい。境内内には摂社と呼ばれる小さな社が幾つもあったが、これは大きな神社の特徴である。実に面白い。 三嶋大社のアルバム http://mixi.jp/view_album.pl?id=33252888&owner_id=16012523&mode=photo  神社から「楽寿園」と呼ばれる庭園まで歩いていく。その間の歩道の傍には清水の水道が流れており、ちょっとした風情である。道沿いには三島に触れた各文学や詩人の文章を書き出した碑が立っている。  なかには若山牧水や太宰治、司馬遼太郎、東海道中膝栗毛の文章が抜粋されている。なるほど、どれも感心することしきり。その中でよく判ったのは、三島という土地は富士のふもとにあって溶岩が流れついた土地なのである。その溶岩の割れ目から吹き出る湧き水が、この辺の名水を作っているのだ。  で、その天然の溶岩を生かした庭園、楽寿園につくと、なんと、池が完全に干上がっている! 本来、水底に沈んでるはずの溶岩石がゴロゴロしているばかりで、これでは風雅も何もない。残念。  この日の夕食前に、近くに酒造元がある『白隠正宗』のカップを買う。これは驚いたことに、うちの実家のすぐ裏手に酒造元があるのだ。以前は日本酒に興味がなかったので、全くスルーだったのだ。水は折り紙つきなので、なかなかに美味い。  その翌日の今日は、午前中によく晴れた海岸でロックと思い切り遊んだ。その動画はこちら。 http://video.mixi.jp/view_video.pl?owner_id=16012523&video_id=6956124 http://video.mixi.jp/view_video.pl?owner_id=16012523&video_id=6956461 http://video.mixi.jp/view_video.pl?owner_id=16012523&video_id=6956549 http://video.mixi.jp/view_video.pl?owner_id=16012523&video_id=6956629  後は沼津港まで行って、干物を買ってきた。なかなか大冒険の週末だった。
            • 真言宗不動院・北海道札幌市北区新琴似
            • 自然堂吉田州杉・北海道札幌市北区北西
            • 魔法人・北海道札幌市北区北西
            • 吉祥院【札幌市北区】 霊能力者
            • 緑の香【札幌市北区】 霊能力者
            • カウンセリングルーム札幌スマイル【札幌市北区】 霊能力者
            • 東洋易学連合会龍仙子・北海道室蘭市輪西町
            • 株式会社オーリット小川企画・北海道小樽市花園

            • 日々の事  最近の色々

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                ・作務衣を導入。薙刀で「道着を買うように」と言われたので、そちらも購入したらあわせてUPするかな。…僕の勇姿を。 ・『名将の采配』という番組がNHKで始まる。集団戦の兵法研究になるかなりマニアックな番組。一回目はハンニバルだったけど…「アルプス超えで味方の兵士の半数が死亡」…名将か、これ? 「トップ経営者の理想像」とか言ってたけど…半数はリストラだろ? バカをいっちゃあいけないよ。 ・最近、パチスロ男とMさんが「600mいった」とか「もう50m」とか言ってる。プールのことである。今まで漫然と泳いでいたが、僕もトータル泳量をカウントしてみることにした。  頑張って頑張って、975mまで泳ぐ。最後の25m! とか思って折り返そうとすると「ただいまからプールの清掃を行いますので…」とかアナウンスが入る。残念! あと僅か25mというところで…。  課題を残す。 ・今年も軒先にツバメが巣を作った。ただし今年の夫婦は、いつもと違う場所に巣を作ってる。…ちょっと変わり者? これも近日に、写真を撮るかな。 ・ちなみにインフル騒ぎもひと段落して、もうマスクはしてない。これからは暑くなるからよかった。 ・最近見てる番組は、『ギリギリ7』。ネプチューン、チュートリアル、くりいむの7人でやる番組なのだが、奥さんが気に入って毎回見ている。 ・もう一つ。第一話を見たばかりだけど、『ツレがうつになりまして』が面白い。泰造、うつになる人を頑張って演じてる。紀香ちゃんは、ツレをうつにしそうな嫌われ役を見事に体当たり。うまい。  次回予告で「どうして、うつなんかになっちゃったの!」とか紀香ちゃんが叫んでる。オイオイ、うつの人を責めるなよ、そうでなくても罪責感の強い人がなるんだから。…しかし、この無理解さがリアル。今後が楽しみだし、「コンカツ、リカツ」といい、時事ネタが上手すぎるNHK。 ・明日から沼津にロックを連れて行く。アメリカに帰る妹が実家にいる間に、一度、ロックを連れて親に合うのだ。グランパ、グランパとの再会はロックが興奮すること疑いなし。  またあの浜辺で、ロックを思い切り走らせよう。ロックも久しぶりに、広い場所で好きなだけ走れる。  …そんなわけでしばらく日記はお休み。再会時にはロック君の勇姿を(もう、見飽きてるかな。何か変化をつけようかな)。
              • カウンセリングルーム札幌スマイル・北海道札幌市北区篠路
              • 占いのひいらぎ・北海道札幌市北区北西
              • 株式会社シャンバラ・グループ・北海道札幌市北区北西
              • ブルームーン・北海道札幌市北区北西F
              • 占いスナックパトラ・北海道札幌市北区北西F
              • 龍造寺人生相談布教師会総本部・北海道札幌市北区北西
              • レディス占科・北海道札幌市北区北西
              • 株式会社北海道開運館イーアンドイー・北海道札幌市北区北西

              • 武道随感  故障と規矩

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                   昨日の薙刀練習明けの今日、膝が痛い。最初は左膝が痛かったが、しばらくすると右も痛くなる。どうやら、根本的に何かが「間違ってた」らしい。  で、仕事中に倉庫で薙刀なしの空動作で検証すると、八相からの左右の脛打ちの際に、身体が「回ってる」ことに気付いた。同じ八相からでも、左右の側面の時には回ってないのに、脛打ちだと回ってるのだ。これには参った。  八相に構えたところから、後ろ足を一歩前に踏み出すようにして側面や脛を打つ。この時に真半身の体から、逆の真半身にぐるりと変わる。その折りについつい、前足を軸にして身体をぐるんと回すと同時に、後ろ足も弧を描いて前に踏み出してしまう。だが、これではいけない。  そもそも「回ると膝が痛くなるよ」とは、奥さんに言われていたことであった。奥さんの相手の人が、やはり同じ感じで回っていて、「膝が痛い」と訴えたことがあるのだ。奥さんが「八相のときに回ってるから、真っ直ぐ踏み出すようにしてみたら」と言って、膝の痛みがなくなったという。  そんな話を聞いておきながら、自分でも同じ間違いを犯している。全く仕方がない。しかし、まさか面打ちと脛打ちで、動き方を変えているとは気付かなかったのだ。無意識というのは恐ろしい。  原因は明らかにはっきりしていて、昨日、左右の脛打ちの素振りをやたらやってたせいである。その時は痛くなかったが、翌日の今日になって痛くなったわけだ。大体、昨日は、今までそんな事はなかったのに、疲れて途中、休憩していた。  考えてみれば『先生』は、ご老体であるにも関わらず「何時間、薙刀を振ってても疲れない」のである。疲れた時点で、どっか間違ってるのだ。  その意味では「故障」も、どこかが「間違ってる」証拠なのである。正しく振れてれば、故障なんてすることはない。膝が痛くなったりするのは、まず間違ってる証拠である。やたらと振ればいいというものではなく、「正しい形」を追わなければいけない。  昨日は八相は自分で素振りしていただけだが、「振り返し」は正しい形からの注意を受けた。僕がビュンビュンと素振りをしていると、Kさんに「振り上げた時には、おへそは正面。そして石突(柄の先端)を真っ直ぐ降ろせば、そのまま斬り降ろしになるように」と言われた。  僕は振り返し面は「輪の太刀」の素振りをやっていたせいもあって、一番、親近感をもって素振りできた。しかし剣の素振りだと剣が中央を通るのはもちろんなのに、薙刀だとそこが雑になっていたのである。  前足を引きながら、薙刀を振り返す。この時に身体は正面を向き、石突は正面を向いてなければいけない。そして薙刀は真っ直ぐの軌道を描いて切り落とされる。しかし身体はその間、正面から真半身に踏み出しつつ変化するのだ。「薙刀は真っ直ぐ、身体は90度の変化」を実現するのが難しい。  しかし、そういう難しさを意識せず「とにかく、素早く」と速く振る練習をしてた僕の薙刀は、斜め軌道の回転をヒュンヒュンと描いていたのである。 「速くなくてもいいから、正確に」とKさんに言われる。同じことを「打ち返し」の八相からの左右側面打ち、左右脛打ちのときにも言われた。  「いい形のものを、最初に覚えましょう」とKさんは言う。僕が最初に習ったときから、Kさんはそう言っていた。「いい形」とは「正しい形」である。薙刀には明確に「正しい形」があり、それは「負担なく、故障のない」形なのである。  ついつい僕は「速く」振ることに専念していたが、それよりももっと「正しく」振ることが重要なのだ。正しくない形で「速く」振っても、いずれどこかにムリがくる。そして「正しい形」は、突き詰めれば「もっとも速く振れる形」なのだ。  ここでは「当たればいい」「勝てばいい」の『オレ流』では、いずれムリが来る。厳密に「正しい形」を追うことこそ稽古であり、それは「オレ流」を伸ばすのとは対照的に、「自分のクセ」をとる過程なのだ。  考えてみればこれは、僕が経験した柔道とは対照的な世界である。柔道でももちろん、「基本の形」は各技に存在する。しかし先生や上級者は必ず、「自分の技は〜」「自分のやり方は〜」と言って、「自分の工夫」を強調していた。「人によって体型とかクセが違うから、自分に合った技を工夫する」と明確に言われたものである。  連動するかもしれないが、柔道では多くの故障者を見てきた。先生たちは膝なんかを痛めていたし、小学生のうちから足首に慢性の故障を抱えてる子もいた。それでも子供は「勝つ」ために頑張っていたものである。  そういう子供たち同士で「プロテイン」の話をしているのを聞いて驚いたことがある。「プロテイン」とはたんぱく質補強剤で、プロレスラーなどは必ず飲んでいる類のものだが、彼らはまだ小学生である。  「君ら、プロテインなんか飲んでるのか!? そんな子供のうちから飲んでると、身体によくないぞ」と僕が言うと、彼らは済まして答えたものだ。「子供用のプロテインだもん、平気だよ」と。  子供のうちから補強剤飲んで、パワー重視、体力重視の世界である。全ては勝利のため。小学生のうちは身体が大きくて勝率が高かったが、思春期に入って上背があまり延びずに、柔道の勝率でも伸び悩んでいる子も見たことがある。  既に木村政彦がその著作のなかで批判していることだが、柔道の指導者は一線を退くとほとんど乱取りをしなくなり、主に外から声だけかける「声だけ指導者」になりがちである。僕がいた道場の代表もそういう人だった。  薙刀ではまず入門時期が遅い人が多い上、最古参の『先生』がもっとも高齢である。それでいながら故障もなく、また疲れしらずに自ら稽古の模範を示してみせる。  僕が習うKさんも、それなりの高齢だが実に闊達なものだ。昨日、久しぶりにKさんと向き合って「仕掛け応じ」の型をやったが、初めてKさんの目を正面から見据えることができた。  今まではKさんとやっても、「教わりながら、手順を追う」というレベルで、到底「型を実演する」という段階ではなかった。全く稚拙ではあるが、ようやくKさんと向き合って型ができたことに喜びを感じる。  しかし練習中も普段も冗談を言って明るいKさんだが、薙刀を持って向き合うと凄い迫力で気持ち負けしそうになった。それをぐっと堪えて、こちらも頑張る。ダメな点、改善点だらけではあるが、少しずつ歩いてはいるようだと感じた昨日の稽古だった。  
                • 蓮華・北海道札幌市豊平区平岸
                • おもしろ写真館・羊ヶ丘展望台店・北海道札幌市豊平区羊ケ丘
                • 吉田聖紫鑑定事務所・北海道札幌市豊平区平岸
                • 釈迦の家・北海道札幌市豊平区月寒東
                • 株式会社日本印章堂・北海道札幌市豊平区西岡
                • アーイー運命鑑定月丘麗鳳【札幌市豊平区】 霊能力者
                • 紘穂水・北海道札幌市北区篠路
                • 緑の香・北海道札幌市北区麻生町

                • 日々の事  呑みすぎには気をつけよう! 

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                       昨日は明らかに飲みすぎ。スーパーに行くと、既に飲みモードになっていて、肴に旨そうなものを物色しだす。…と、鮎を発見! これの塩焼きに日本酒を…とかイメージを膨らますともう止まらない! よだれを垂らしながら奥さんにおねだり。夕飯のおかずとは別に、これだけ買ってもらう。  しかしちょっと先へ進むと「ままかり」がおいてあり、これも美味しそうなのでおねだり。「ままかり」とは、にしんか何からしいのだが、5cmほどの小魚の切り身をニンジンや、魚卵と一緒に酢漬けにしたものであり、あまりにも美味しくて隣の家にゴハンを借りにいく…ので「まま(ゴハン)借り」=ままかり、と名づけられたらしい。  僕はこの名前の由来を聞いたとき「『ままかり』ってそれほど美味しいのか〜」と憧れを持ち、スーパーになんなくおいてあるのを見つけてからは、すっかりお気に入りなのだった。  で、これがやはりお酒に合う。今までは日本酒に合わせたことはないが、これはきっと美味しいだろうと思い購入。これで夕飯の晩酌の楽しみが二倍に!  で、肝心のお酒のコーナーに行くと、素人の僕には見当もつかないほど妙に色んな日本酒がおいてあり、目移りして困る。特に前に飲んだ新潟産のお酒が美味しかった…などと思ってると、ちゃんと「新潟産のコーナー」とか作ってある。  ふとその隣を見ると、同じ名前のお酒がやけに並んでいる。「山田錦」とか書いてある。以前に何かで読んで知っていたのだが、これはお米の名前だ。そうか、『山田錦100%』というだけで、ブランドになるのか、なるほど〜。  で、目移りして迷って決められない。と、そこに奥さん登場。 「どう? 何か美味しそうなのあった?」 「目移りして決められない」 「これ、美味しそうじゃない! 『新潟産 魚沼』」 「じゃあ、それにする」  とか言って、最初に僕も「これがいいかなあ」と思ったのを買ってくる。不思議とこういう時のフィーリングが、奥さんと近い。山田錦はこの次にでも。  そして夕飯の折、奥さんに鮎を塩焼きしてもらい、夕飯の前に少しいただく。『魚沼』を徳利に移し、お猪口で一口。…美味い。甘味があって、上品な香り。飲んだ後に少し辛味が残る。なるほど。  これに久しぶりの鮎をいただく。う〜む、養殖ものとはいえ、なかなか。うん、満足。夕飯はアサリを使ったパスタなのに、ここだけ和食。「ままかり」もまた日本酒に合う。  とかなんとかで、ついついイケる。そもそも出したばっかりの徳利で、量が判ってない。徳利に入ってる分は全部呑むべきと思って、ついつい呑みすぎる。  で、パスタには日本酒より梅酒とか思って、改めて呑みなおす。しかしこれがヤバかった!  夕食後、しばらくすると、ぐらぐらと頭が回りだす。久しぶりに飲みすぎたらしい。ぐらんぐらんとして、何がなにやら、もう起きてられない。   「顔、赤いよ」 「…うん」 「酔っ払い〜」  奥さん、非難の顔。そうそうに寝る。  翌日の今日、ちょっとダルい。  発見。今まで『仮面ライダー』と『ドラゴンボール改』の間の30分に見るものに困っていたが、今日、その問題が解決。この8時半から9時までの30分は、NHKの『ようこそ先輩 課外授業』を見ればいいのだと気がついた。  今日、偶然にチャンネルを回していると、ちょうどこの番組に出くわした。北京オリンピックで銅をとった400mリレーのアンカー、朝原宣治選手が出ていた。  北京オリンピック、400mリレーは末續慎吾を含む4人のチームだった。しかしこの四人は、皆が皆、個人の成績は一次予選、二次予選落ちだった。  しかも個人の記録をトータル総合してみても、日本は世界で10位ほど。この個人の力の総合では世界に劣る日本チームが、北京では銅を取ったのだ。一体、それは、どんなチームワークによってなのか?  朝原選手はまず、子供たちの個人の100m走記録をとり、その上で各チームの平均力が均等になるようにチーム配分をする。そして各チームにバトンパスの練習をさせて、記録をとった。  クラスで一番足の速い子のいる赤チームは、自信満々でレースに挑む。しかし結果はビリから三番目だった。個人の能力が高いだけでは、チームで高い成績を出すことはできないという事実を、子供たちにはっきりと理解させる。  次は体育館での各チームの走りの様子を撮ったビデオを、パソコンでモニターする。この辺がデータ時代の子供教育かあ〜。凄い。精神論ではなく、客観的な欠点を自分達で分析させ、問題克服の方法を考えさせる。考える力、自主性、チームのなかでの討議などの力が自然に導かれる様子が面白かった。  本番のレースはグラウンドのレースだが、それまでになかったコーナーでのバトンパスや、長い直線など、走るコースが担当によってバラバラになる。各チームはどの場所に、誰が一番適切かを話し合いながら決めなきゃいけない。  本当のチームワークは、一つの様式に全員が従うことでもないし、能力の低い人間を排除することでもない。各個人の特性を理解した上で、一番いい人材配置を考えることである。  朝原選手は北京のときのビデオを子供たちに見せると同時に、そのレースに挑んだ選手たちの気持ちのインタビューも見せていた。アンカーだった朝原選手はほとんど北京が最後のレースで、それはチーム全体が理解していたことだった。  チームの皆が「朝原さんと走れるのは、これが最後だと思う」という気持ちを持って、そのレースに挑んだという。朝原選手はそのビデオを見て、当時の事を思い出したのか、涙ぐんで言葉に詰まっていた。  朝原選手は、「みんながみんなを尊敬する気持ちが一つになって、レースに挑んだ」と子供たちに話し、子供たちは真剣な面持ちで朝原選手の話を聞いていた。  子供たちは本当に考える機会を与えられれば考えるし、人を思いやる心や、自主的に何かに取り組む姿勢を持っている。こういうプログラムを普通の授業の中に取り組むような形ができないものか、と少し思った。  …呑みすぎの言う事では、ちょいと説得力に欠けるけど。
                  • 運命鑑定洲湖・北海道札幌市白石区南郷通北
                  • 佐藤水安子・北海道札幌市白石区北郷
                  • 美容室SPIRITUALHEART【札幌市白石区】 霊能力者
                  • アーイー運命鑑定月丘麗鳳・北海道札幌市豊平区中の島
                  • オフィスドーム・北海道札幌市豊平区月寒東
                  • 株式会社日昇堂 本社・北海道札幌市豊平区美園
                  • クラーク占い研究所・羊ヶ丘展望台店・北海道札幌市豊平区羊ケ丘
                  • 依田有玄・北海道札幌市豊平区平岸

                  • 作品を読む  探偵の知性

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                       「探偵の知性」というものについて日本で最初に語ったのは、実は探偵小説家ではなく、文豪・夏目漱石である。日本初の本格探偵小説といわれる江戸川乱歩の『二銭銅貨』は初出が大正12年(1923)である。  しかし夏目漱石の『彼岸過迄』には、「探偵の知性」についての独自の見解が記述されている。『彼岸過迄』は明治45年(1912)から連載が始まっていることを考えると、乱歩より幾分か早い。  世界初の探偵小説である、E・A・ポーの『モルグ街の殺人事件』は1841年、シャーロック・ホームズ初登場の『緋色の研究』は1887年には発表されているので、「名探偵」なるその後のミステリーヒーローの存在が漱石に知られていたとしても不思議ではない(特に漱石が英国留学したことを考えれば)。  しかし日本では「探偵」はおろか「ミステリー」というジャンルすら一般的には認知されてなかったのだから、漱石の「探偵」観は、小説のそれより、現実の存在としての「探偵」に基本的なイメージソースを持っていると考えたほうがいいかもしれない。  さてそんな漱石だが、『彼岸過迄』には次のような記述がある。 「敬太郎は本気に何故、自分に探偵ができないかという理由を述べた。元来探偵なるものは世間の表面から底へ潜る社会の潜水夫のようなものだから、これ程人間の不思議を攫(つか)んだ職業はたんとあるまい。  それに彼等の立場は、ただ他(ひと)の暗黒面を観察するだけで、自分と堕落して懸る危険性を帯びる必要がないから、猶の事都合が可(い)いには相違ないが、如何せんその目的が既に罪悪の暴露にあるのだから、予(あらか)じめ人を陥れようとする成心の上に打ち立てられた職業である。そんな人の悪い事は自分にはできない。  自分はただ人間の研究者、否、人間の異常なる機関(からくり)が暗い闇夜に運転する有様を、驚嘆の念を以って眺めていたい。−−こういうのが敬太郎の主意であった。須永は逆わずに聞いていたが、これという批判の言葉も放たなかった。それが敬太郎には老成と見えながら、その実平凡なのだとしか受け取れなかった。」  ここでいう「探偵」とは、人間に対する「純粋なる観察者」というような意味で使われている。しかしこの純粋な観察者たらんとする敬太郎の主旨を、須永という男は黙って聞いている。それは「純粋なる観察」なるものが常に理念でしかありえず、「観察」は常に対象への関わりを持つ、「能動的な干渉者」なのだという事を知っているからである。  H・G・ウェルズの『透明人間』の文庫本の解説に、荒俣宏は自らの「探偵の知性論」を披露している。そこではまず幼少期に「ホームズ派/ルパン派」に別れる少年たちの話から始まっている。 「ホームズの客観性と理知さとを選ぶ少年は、やがて典型的な理科系技術者となって社会に埋もれていく。あるいは意志の人となって、純粋に科学的な関心から、破壊的な発明に関わっていく。(中略)いずれにせよ、合理精神にあこがれるかれらが、社会的な弱者や屈従者におちぶれるはずはない。エリートになるか、あるいは学問の世界にとじこもるだけのことだ。  それにくらべれば、ルパン支持派はおよそヘソ曲がりにできているようだ。かれらは建前に殉じて、本音よりもむしろ神話や抽象的な概念に取り付かれるに違いない。そしてかれらが武器に使えるのは、自分の肉体と、せいぜいがその延長物にすぎないだろう」  ここで荒俣宏は「ホームズ派」の知性重視精神を、いわば「勝ち組」のものとしながらも、そこに揶揄を含んだ視線を投げかけている。その上でその「ホームズ的知性」が支持された理由を、メディア学者のマクルーハンの論を典拠にしつつ考察している。 「言ってみれば合理的精神の怪物であるホームズが、あれだけ大衆の人気の人気を博した理由は何だったのか? マクルーハンはそこに、『気のふれた科学者』に対する恐れを裏返しにしたコンプレックスを見てとった。ホームズが愛された最大のポイントは、かれがたまたま『客観的な』人物であり、探偵という『安全保障』の仕事に有益だったことにあったにすぎない。  なぜなら『客観性』とは、要するに無責任であり、探偵とは『家庭を護る警察組織』の回し者と同義語であるからなのだ。大衆にとってホームズが、場合によっては『寝返り』してくれる心強い敵と映ったのも、こう考えてくれば無理はない」  ここでは「ホームズの知性」は、いわば「マッドサイエンティストの知性」と同質の者だと捉えられている。つまりそれは本質的には反大衆的なのだが、あくまで「警察と同義」的な方向性によってのみ大衆社会からコンプレックス含みの支持を受けるというのだ。  しかもその「ホームズの知性」について、荒俣宏は次のような資質を付加している。 「合理精神のポーのデュパン探偵に欠けていて、しかもホームズをはじめとする後世の探偵に備わっている性格ーーそれは『人狩りの嗜好』だ、とマクルーハンは言う。デュパンの場合では事件の机上での解決を目的としていたにもかかわらず、ホームズは不敵にも、あらゆる『敵』を自力で追いつめ、滅亡させようとする。この『人狩り屋のスリル』こそは、科学精神の隠された邪悪な性癖なのだ」  このような「人狩り性」を漱石は知っていたからこそ、逆に「純粋たる観察者」としての『探偵』を夢想したのかもしれない。実際の漱石は「現実の探偵」を極端に嫌い、また彼らに観察されているのではないかという強迫観念に捉われていたという逸話もある。  そういう漱石の「純粋な探偵」は、「人狩り」のためではなく、ただ「人間の機関を、驚嘆の念をもって眺める」事を目的とするような存在となる。そういうものが「探偵の知性」であるとするならば、荒俣宏「人狩り」論はむしろ当てはまらないだろう。  面白いのは荒俣宏自身が、ウェルズの実際のエピソードを紹介してる点である。それは『透明人間』を読んだ作家が、その科学的整合性の問題点を指摘したとき、ウェルズは笑って「そういう材料に従うと非常に効果的な短編小説が書けるだろうが、ただそれ以上のものは出来上がらない」と答えた、ということである。  ここでの「ウェルズの知性」は、どのような質の知性だろうか? 荒俣宏は「ホームズ派」の少年の未来を、「実際的に科学者」と書いているが、僕の感覚では実際の科学者になるような少年はそもそも『ホームズ』なんか読まない。  「人間の機関を驚嘆の念をもって眺める観察者」であるような知性(これが知性かどうかすら微妙だが)は、そもそも別段「合理的」とは言えない。ただ対象を前に「驚嘆する」という能力を、「知性」と言えるのか?   E・A・ポーは「分析的な知性が常に創造的であるとは限らないが、創造的な知性は常に分析的である」と書いた。この「創造性」が、「驚嘆」を必要とする種類のものならば…。  では「驚嘆」とはそもそも何だろうか。実は我々は同じ対象を見ていても、そこに同じだけのものを見て取ることはない。多くの場合、我々は沢山の事柄を「当然である」と考えて、うっかり見落としたり、なにげなく見過ごしているのだ。  ホームズの有名なエピソードに「夜吠えない犬」という話がある。それは「本来、その場で吠えるはずの犬が、吠えなかった」という事から推理を起こした話だ。つまりそれは「表徴から」推理を起こすだけでなく、「表徴がない」ことですら推理の対象である、という事である。  それはあらゆる雑多な情報の中から、「驚嘆する目」を失わないこと、につながっているかもしれない。ホームズは推理それ自体を「芸術」…つまり創造性と捉えているのだった。  僕がホームズ物語と、それ以降の数多くの探偵小説で、決定的に異なっている要素があると思っている点がある。それは多くのホームズ物語が、「進行中の事態」について解明をし、「事件を未然に防ぐ」話が多いという点だ。  多くのミステリーは、ほとんどの場合、誰かが殺されたりしてから名探偵が遅れてやってくる。そこではもう事態は、最悪の結末を迎えた後だ。名探偵はそこに、「過去に何があったのか」の注釈を、一座の者に披露して見せるに過ぎない。  しかしホームズは依頼者が怯えるちょっとした表徴から、依頼者が巻き込まれている恐ろしい事件を推察し、その結果が最悪の者になる前に未然に防ぐ。  マクルーハンの「人狩り」見解とは異なり、僕はホームズ物語の支持される理由〜つまり「他のミステリーではなく、ホームズでなくてはならない理由」をむしろそこに見る。そこには「驚嘆する目」と、「事態を未然に防ぐ心」の双方が現れていると思うからだ。  ちなみに僕は少年の頃、がぜんホームズ派だったが、全く科学者向きではなかった文系少年だった。さらに言えば、ウェルズの愛読家でもある僕である。
                    • 正統占い教室・北海道札幌市中央区南東
                    • 青木耀子・北海道札幌市東区北東
                    • 気功波動エネルギーセンター・北海道札幌市東区北東
                    • 慧修学院・北海道札幌市東区北東
                    • 株式会社シャンバラグループ・北海道札幌市東区北東
                    • 青木耀子【札幌市東区】 霊能力者
                    • ばんぶー(VANVES)・北海道札幌市白石区東札幌
                    • 占いサロン・ビックフォーチュン・北海道札幌市白石区東札幌

                    • 作品を読む  あるマルチ作家から受けた影響

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                         僕はあまり人に嫉妬心を抱いたりすることのない人間なのだが、以前に強烈に嫉妬心を燃やした人がいる。それが栗本薫という作家である。  栗本薫になら嫉妬を覚えても不思議ではない。その多作、その才能、その文体、その物語、その知性にいずれもが抜きん出た能力を見せていた。しかし僕はそういったものではなく、栗本薫がどこかで書いていたと思う、手塚先生にまつわる話に強烈に嫉妬したのである  栗本薫は手塚先生の『火の鳥』のミュージカル脚本を書いているが、手塚先生はその折りに栗本薫のことを「20世紀最大のクリエイター」と紹介していた、というように評価していたというのである。  手塚先生に評価される! これほどの光栄があるだろうか? 僕はもう、その一点において栗本薫が羨ましくて、羨ましくて…。  思えば二人は似た資質がある。それは決定的に「多作」な作家である、ということである。この二人の影響で、僕は自分も多作な人間にならなくてはいけないと思い込んだのだった。結局、そんなに多作にはなれなかったけれど。  しかし無論、手塚先生にまつわることを知る以前から、僕は栗本薫の影響を大分受けていたのだった。以前の氷室冴子氏が亡くなったときにも書いたが、僕は氷室冴子の『北里マドンナ』と、栗本薫の『ぼくら〜』シリーズの文体に、高校生の頃にすごく影響を受けたのである。  しかしそれ以外にも、栗本薫という作家には実に影響を受けた。まずミステリー、SF、ファンタジー、伝奇、現代もの、時代もの、少年愛ものなどの多彩なジャンルをてがけるその作家性。多分、栗本薫の本だけで、100冊近く読んでたんではないだろうか?(僕が大学生の頃の話で)  これくらい読めば、イヤでも色んな影響を受ける。今回、この日記を書くことを考えていて、不意に『ぼくら〜』以上に影響を受けた小説を思い出した。それは『ネフェルティティの微笑』というミステリーである。  これはエジプトを舞台にした書下ろしものだったが、主人公の「ぼく」の一人称で物語が進行する。この「ぼく」の一人称は『ぼくら〜』のものより繊細で、より親しみを感じられた。この作品のエンディングが印象的で、そっくり真似た小説を書いたりしたものだった。  しかし実は栗本薫には、さらにその後に続く影響を受けた経緯がある。栗本薫は、中島梓名義で評論やエッセイなども書いているが、この中島梓の本からは、かなり重要な影響を受けているのだ。  高校二年生の頃だったか、僕が最初に手にとった中島梓の本が『ベストセラーの構造』だった。これは僕が、一番最初に読んだ社会評論である。その後僕は大学で社会学や現代思想なんかをやり始めるが、その「思考する」ということ自体の発端となったのがこの本だったのだ。  この『ベストセラーの構造』は、『窓際のトットちゃん』等のベストセラーを考察し、そこに垣間見える大衆の深層意識を分析しようとした本だった。この『ベストセラーの構造』にはやたらと影響を受けて、周りの友人にも勧めたりしていた(相手は選んでいたけど)。  「大衆は同質化を望むが、知的アリストクラートは差異化を求める」(こんな文章じゃあなかったと思うけど)みたいな文章に、「おお、これこれ。オレのことじゃん」とか未成年らしい自意識をくすぐられて、入れ込んでいたわけである。  この『ベストセラーの構造』の前に書かれていた本が『文学の輪郭』で、これは僕が読んだ最初の文芸批評の本だった。この表題になった論文は村上龍と埴谷雄高を取り上げ、片方を「個別性の普遍性」、もう片方を「普遍性の個別性」と位置づけて、文学全体の営みの外輪を描き出すという論文だった(と思う)。  しかしこの時は全く読んでも判らず、内容を理解したのは数年後に再読したときのことである。非常に難解だと思い、その難解さに感心した。実際に僕が文芸批評に本格的に深入りするためには、柄谷行人の著作に触れる必要があったのだが、「文学を読む」という事の難しさと面白さを最初に教えてくれた本だったと思う。  もう一つ、あえて特記しておきたいのは、栗本薫の「やおい文化」の先駆者としての仕事である。『真夜中の天使』などという1200枚(だったかな?)、文庫本で三冊もあるような長い小説を栗本薫は書いているが、その内容自体は「美少年がとにかく犯される」という以外には覚えていない。  しかしその小説の中に現れる、なんともいいようのないエナジーや迫力というものに圧倒されて僕はこの小説を読んだ覚えがある。そして後書きで、その小説がデビュー前に書かれた「誰に読ませるとも知れない」にも関わらず書かれた小説であることなどを知って、「本当に書く人って、こういうものか」と驚嘆したものだった。  この『真夜中の天使』は出版されるや、それまでそういうジャンルに触れたことのなかった少女層から、多くの支持を得たという。時期的にどう関わるかは判らないが、少女マンガにおける「24年組(山岸涼子、萩尾望都、竹宮恵子、大島弓子)」と、栗本薫の存在は、現在の『BL(ボーイズラブ)』、そしてその前身である『やおい文化』を生む土壌になった先駆者なのである。  そしてこういうジャンルの最初の発信源となったのが、雑誌『JUNE』である。この雑誌は「少年愛」ものを扱う雑誌で、読者層は少女たちであった。竹宮恵子の華麗なイラストが、よく表紙を飾っていたものである。  これは男性同性愛を扱っているとはいえ、『さぶ』とか、『薔薇族』みたいな「本当の男性同性愛者」嗜好の雑誌とは根本的にシェアが別である。ちなみにこれらの雑誌が現在存続しているかどうかは、僕は知らない。  が、こういう土壌があって、その後に「キャプテン翼」や「サムライトルーパー」などの作品をパロディ化した少年愛ジャンルである、「やおい文化」が生まれるのである。現在ではそれが「BLもの」として書店に一角を占め、複数のレーベルすらもつ巨大シェアにまで拡大してるわけである。  この『JUNE』では中島梓が「小説道場」なる連載をもっていて、読者から小説を募集し、その採点やアドバイスをしていた。その小説論は実に実際的で、『JUNE』はともかくとして、この『小説道場』が単行本化されたときは僕だけでなく、文芸部内で熟読したものである。  この少年愛文化の先駆者としての中島梓の果たした意味は大きく、それはさらなる延長線を持つようになる。そもそも、何故、少女たちには「美少年愛」に惹かれるのか? といったような深層心理の分析も、その後に中島梓は手がけるようになるのである。  以前の24年組に関する考察の中でも取り上げた『コミュニケーション不全症候群』は、そういう少女たちの深層心理を「外側」からではなく、「内側」の目線をもったまま解析する考察で実に興味深い。この種の現象に対するマジメな考察というのは、心理学系の書物でもあまり見当たらないので希少である。  ここでは「作家」栗本薫を、「批評家」中島梓が考察しているのだと言ってもいい。作家であると同時に、批評家でもあり、またそのなかでも特に社会評論をやる人というのは実は少ない。この人がいかに稀有な才能を持っていたかということを、よくよく感心させられる一面がそこにある。  僕が栗本薫を読んでいたのは多分、大学の二年くらいまでで、その後はあまりいい読者だとは言えなかったが、中島梓の仕事には若干ながらも手を出していた。  その中島梓がガン闘病をしていたと知ったのは、つい最近のことである。しかしその文体も創作量も、その活動方面の多彩さや生き方全体のパワフルさを知っていた僕は、ガンもまたこの人の旺盛なエネルギーで克服してしまうのだろうとタカをくくっていたのである。  その栗本薫の訃報を知ったのは、昨日のことである。これでまた一人、僕が特に影響を強く受けた女流作家が亡くなってしまった。不意に思い立って本屋に寄り、栗本薫の文庫本を買ってきた。久しぶりに読んでみようと思っている。ご冥福を祈りたい。   栗本薫さんが死去 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=849304&media_id=32
                      • メタモルフォーシス・北海道札幌市中央区南西
                      • 運勢アドバイザー彩のへや・北海道札幌市中央区南西
                      • 七番館のマリー・北海道札幌市中央区南西
                      • 伽羅・北海道札幌市中央区南西
                      • リザ千尋・北海道札幌市中央区南西
                      • 源克己・北海道札幌市中央区南西
                      • オフィス恵子・北海道札幌市中央区北西
                      • ススキノラフィラ Fリラックス&ビューティー・生活雑貨のフロア・北海道札幌市中央区南西