行きたいところへ行けず、やりたいことができない。

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    人々は自由になろうともがき、あがく。 しかし生活が纏わり付いて身動きが取れない。 しょうがないので、生活を背負って動ける範囲で行動する。 だが、生活は重くのしかかり、 行きたいところへ行けず、やりたいことができない。 結局は何もかも諦め、 動ける範囲でできることに喜びを見出していく。 平日にいきなり海外旅行は無理だが、 今日のご飯は好きなものを食べようだとか、 流行のDVDを借りてみようとか、 自由を定型化された娯楽の享受で代替する。 実は全く代替になっていないのだが、楽しいのでよしとするのだろう。 今ある状況から抜け出せないのなら、 その状況で代わりの楽しみを見つける。実に適応的だ。 進化心理学的に正しいと思う。人間はそうして生き残ってきた。 だから現代に生きる我々も、 閉塞感のある社会状況に順応して、 制度に逆らわず、常識に逆らわず、 小さな楽しみを希望にして生きていくべきなのか。 否! 違うのだ!声を大にして言いたい! それは断じて違う! 世間一般に浸透していることと、 自分がそれを選択することは全くイコールではない! 常識的な生き方が正しいとして・・・正しさが今さら何だろう! 社会的に間違っていても、常識的に間違っていても、 何ら問題ではないのだ! 現状で何とか間に合わせようとチマチマ努力するのではなく、 現状を大胆に変え、常に自己を乗り越えんとするのだ! それこそ、人間的であるということではないか! このままでは人間でなくてニンゲンだ。 私には見える。 こんな腐った生活をしている状況を宇宙人が見下ろして、 「おいニンゲン共!何だその暮らしは!楽しいのか!」 と嘲笑っている姿が! この例えがいまいち伝わっていなくてもフィーリングで理解しろ! やはりどこかに嘘がある生き方はよくない。 嘘がある生き方をヤケクソで肯定することはもっとよくない。 効率や幸福や金銭などがいったいどうしたというのだ。 幸福になるために効率的に金稼ぎをしたところで、そんなものは何でもないだろう! 所詮は誰かの価値観の手の中だ!
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  • 金がないことは頭を全て持っていかれていることに等しい

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      とにかく金がないと金のことばかり考える。 月末の支払いをどうするとか、 今日や明日の食費をどうするとか、 生きていることの全てが金の工面に結びついてくる。 だから、金がないことは頭を全て持っていかれていることに等しい。 もしも金が十分にあれば、ローンの工面に悩む必要もなく、 月々の家計をやりくりするために頭を悩ます必要もない。 金があれば頭が自由になる。 生活の重力から解放され、 遥か彼方まで思考を巡らせ、思いを馳せることができる。 思考だけで宇宙の果てまで旅することも可能なのだ。 人間は本来それほどまでに自由なのである。 しかし金がなければ生活の重力に負け、 精神まで地べたに這い蹲ることになる。 世の中を余裕を持って見回すこともできない。 見えているのは近くにある金だけになってしまう。 金、金、金。 金と生活のことを考えているだけで一日が終わってしまう。 以前に見えていたものも見えなくなってしまうのである。 働くこともそうだ。 皆、結局は金がないから働いている。 馬鹿げた仕事をしかめっ面で続けている。 そして仕事中は目の前の業務をこなすことだけ考えざるを得ず、 言うなれば働くことに頭を全て持っていかれる。
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    • 民間の仕事と公務員の仕事の違い

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        民間の仕事と公務員の仕事の違いは様々だ。 それこそ数え切れないほどある。 だが何と言っても一番の違いは 「公務員の仕事には終わりがある」という点だろう。 民間の仕事には終わりがない。 任された仕事の量が処理能力を上回っていることは往々にしてある。 しかし私が「終わりがない」と言いたいのは能力の話ではなく、 任された仕事を完了しても次々に他の仕事を任されるという点なのだ。 仕事が終わっても終わらなくても、 民間では延々と仕事をしなければならない。 処理スピードが普通なら通常の仕事を任されるし、 処理スピードが速ければ多くの仕事を任される。 終わりがないのである。 他方、公務員は充てられた仕事量を処理すればそれで終わる。 もちろん質にこだわれば終わりはないし、 他にすべきことを見つけようとすれば、いくらでも仕事量は増えるだろう。 しかし、民間と違ってきちんと終わりがあるのだ。この違いは大きい。 民間には賃金以上の働きをさせなければいけないという強迫観念がある。 企業の存在理由は金を稼ぐことだから、 企業からしてみれば存在理由に係わる根幹の部分だ。 少ない投下資本(つまり人件費)で多くの利益を稼ぎ出すことが 企業の正義なのである。 だから無駄なく、時には過剰に働かせる。 そのぶん、得られる賃金も公務員とは比較にならない。 まあこれは大企業や優良企業に限定される話だが・・・・・・。 とにかく、たくさん仕事をして大きく儲けることが民間の本質である。


        注文している消費者の側

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          何ヶ月も前から注文している消費者の側からしたらどうか。 「いくら急に円安になったからって、注文した後に値上げするなんてひどい!」ってなるよね。 あるいは出荷停止なんてしたら、 「楽しみに待ってたのに、こないなんてひどい!もう買わない!」ってなる。 不作や台風などの不可抗力によって出荷が遅延、とかならまだ納得してもらえるが、 「モノはあるのに為替変動で採算がとれなくなったから中止」ってのは、お客さんの信頼を裏切ることになってしまう。 お客さんが無限に存在する商売なら、多少お客さんが離れることになっても問題ないのだろうが、限られたお客さんを相手にしている小売業者にとっては、リピーターこそが生命線なのだそうだ。 またもし仮に出荷停止(輸入停止)にする場合、“土人”に 直接謝りにいかなくてはならないそうで、それもまた面倒くさいという。 (注、“土人”というのは、差別意識で使っているのではなく、彼らの“人間くささ”に愛着を持つからこそ、こう呼んでいるようだ) 具体的には、マニラに飛んでフィリピン政府のお偉いさんにお伺いをたてる、ということらしい。 これも商売をしていない人にはわからない感覚だが、メールや電話で「輸入やめるよ」「はい」とはならないらしい。 考えてみれば当たり前かw彼らにとって、日本人はいいお客さんだからね。 それが一次的にでも離れるとなれば、必死に抵抗してくるのは予想がつく。


          ブックオフで本を探すことはなかなか根性の要る行為

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            日曜は何の気なしにブックオフへ行った。 本当の目的地はTSUTAYAなのだが、 道中があまりにも寒い(-7℃)ために小休止したのだ。 すると、105円シールのついた本が半額で50円というキャンペーンをやっていた。 それほど欲しい本もないのだが、せっかく50円なので、 文庫、普通サイズの本、漫画を全ジャンルくまなく調べて回った。 全ての背表紙を見て、よさそうなものはさらに中身も見てみる。 いろいろグルグル回っているうちに、まあ何冊かいい本を発見した。 『札幌市民のための16歳からのキャリア論』/常見陽平 『世界で一番シンプルな時間術』/W.T.キュステンマッハー 『風の歌を聴け』/村上春樹 などである。ラインナップを見てもらえばわかるが、 「まあ50円なら買っていいかな!」と思えるものばかりだ。 村上春樹などわざわざ読んでバカにするつもりで選んでいる。 これら+αの本を約1時間半もかけて選び、レジへ行った。 そしたらすべて108円として計上され、50円の本など一冊もない。 おかしいんじゃないかと店員に言ったら、 「50円セールは105円シールがついたものです」だと。 確かに全て108円シールがついている。 つまり、ほとんどが対象じゃないってことだろう。 実際、私が選んだ本は全て108円のものである。 セールをする気があるんだかないんだか全くわからない。 ムカついたので買わずに「この本、全部戻しといて」といって店を立ち去った。 結局、本は一冊も買えず、 貴重な休日の1時間半を浪費したという事実だけが残った。 思うに、最初から本を定価で買う習慣がついていれば、 このような愚かな行為をすることはなかったのだ。 ブックオフで本を探すことはなかなか根性の要る行為だ。 本の並びがてきとうなこともあるし、 コーナーによっては人がたくさん居て選びづらい。 そしてくだらなくてつまらない本ほど中古本として出回るから、 店内にある多数のゴミ本の中から良書を捜さなければならない。 今回の件は重要な示唆を与えてくれる。 私が金持ちなら、本屋で定価の本を買う。 でも貧乏人は定価で本を買えないから、 100円コーナーを漁って時間を無駄に使わねばならない。 金があれば時間を大幅に節約できるのだ。 そもそも、金があればTSUTAYAにはタクシーで行くから、 途中にブックオフで小休止する必要もない。 というかそもそもTSUTAYAに行かないだろう。 定価で買うかWEBでレンタルすればよい。 お金がないと時間を浪費し、運が悪いと後に何も残らない。 今回の出来事が教訓だ。 若いうちは時間が有り余っているからいいが、 年をとって時間が貴重になってくると お金で時間を上手に買っていかなければいけない。 30代はそろそろそれを学ばねばならない時期だ。


            食べることが喜びに繋がらないという理由

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              心の具合が悪いときに、 原因の一つに良いものを食べてないということがあるのは百も承知なんだよ。 それを知ってもなお、まともな食事を取ろうという気力がないわけ。 心の具合が悪い人たちは。 知らないわけではなくて、できないのだ。 特にひとりで暮らしている場合はなおさらできない。 人生自体をどうでもいいと思っているのに、 わざわざご飯を炊いたりするわけがないだろう。 やれと言われてもやれないよ。 それが正しいとわかっていてもできない。 疲弊し切って、もう正しさなんてどうでもよくなってる。 そういう人が本当に死にそうな人なんじゃないのかね。 心の具合の悪い人は、 なぜ食事内容を改善できないのか、もうちょっと考えてみよう。 まず、食べることが喜びに繋がらないという理由がある。 心の具合が悪いと何を食べても味がよくわからないし、 実は温度もよくわからない。色もあまり区別つかない。 味があるのはわかるし、温度もわかるし、色も見えてるんだけど、 感じられないんだよね。外界にあるものを内側に取り込めない。 自分の気持ちと外界にある物との距離がかなりあるように思えてしまう。 目の前にある食卓風景も、 離れたプロジェクタに映し出されているようにしか感じられない。 あと、食べ始めるまでに時間がかかりすぎて、 結局何も食べられないという理由もある。 なぜなら何かを食べてしまうと後に後悔がやってるからである。 別にダイエットをしていなくても、何かを食べると後悔する。 たくさんの中からなぜこれを選んでしまったのかと考え、悩む。 そしてもっといい選択があったのではないかと後悔するのだ。 だから食事を取ることは気が重いことなのである。 ひどいときにはコンビニで買ったおかずをいったんゴミ箱に捨てて、 それで外に食べに行って、それでも何か違うから食べずに店を出て、 家に帰ってきてお腹空いたなと考え込んでるうちに寝るとか、 そういうわけのわからない夢遊病者のような行動に出ることもある。 心の具合が悪くても、 なんとか意味のあることをしなければという気持ちは死んでない。 だからこそ厄介なのだが、じゃあどうすればいいかもわからないので益々厄介なのだ。 あせりだけが心の中を占めるようになる。仕事をしていなければなおさらだ。 脂汗が出てくる。しかし満足に動くこともできない。 意味を求めているから、うかつに意味のない行動を取れないからだ。


              ップルは色々と道を曲がりくねったり休憩したりする

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                私は本を返すために来たからいいが、 前を歩いているカップルはどうするのだろう。 まさか彼らも本を返しに来たのか。 そう色々考えていたら、カップルはあっけなく道を曲がって、小道に入っていった。 そこには小さい川とベンチが用意されている。 なんのことはない、静かな大学構内にある川の畔で語らいに来たのである。 私は本を返す道すがら、彼らがいかに自由であるかを考えた。 私が一人で外出する際にはベンチに座ることなどない。無駄だからだ。 それどころか、現在地と目的地の最短距離を往復するだけである。 目的地まで過程を楽しむなんてとんでもない。 早く着くことが唯一の正義である。 しかし、あのカップルは色々と道を曲がりくねったり休憩したりしながら、 咲いている花に心を奪われたり、語らって時間を忘れたりしているのである。 なんて自由なのだろう。優雅ですらある。 人生劇場の主役を見事に演じている。 一方、私はなんだ。 常に合理性を求めて余裕なく立ち回るバカ野郎に過ぎない。 カップルの夜の散歩のおかげで、自由とは何かについて理解が深まった気がする。 そして私が過度に合理性を求めて、そして自由を失っていることがわかった。 ・・・ということを私は13、4年前くらいに考えていた。 そして今日また似たようなことを考えてわかったことがある。 既婚者になっても、カップルは見ていてムカつくということだ。
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              • 眠いから横になるという誘惑にすら打ち勝てない

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                  これではダメだと一念発起して何かを始める人もいるのだが、 今の時代、集中して一年は頑張らないと「何か」は身に付かない。 一番簡単なものが資格の勉強なのだが、 今の時代は資格を取っても簡単に食えなくなっている。昔ほど尊敬もされない。 司法書士も弁護士も公認会計士も、取っただけでは食えなくなった。 地道な営業努力とコミュニケーション力が問われている。 夢のない時代である。 いや、昔から大人にとって夢などなかったのかもしれない。 若者にだけ夢があった。夢を持つことは若者の特権なのだ。 しかし私は運命に抗おうとしている。 ナイター中継を缶ビール片手に見て、ケツを掻くような大人にはなりたくない。 もしそうなったら、 「結局今までの人生はそういう人間になるための過程でしかなかったのか」 と後悔することになる。 だが私は最近、夕飯を食べた後に横になりたいという誘惑にすら抗えないでいる。 ご飯をたらふく食べたら楽な姿勢でゆっくりしたい。だから布団で横になるのだ。 横になってそのまま朝になることもある。つまり、腑抜けである。 運命に抗うどころの話ではない。スタート地点にすら立てていない自覚がある。 20代のときにはそんなことはなかったため、加齢によるものなのか、 加齢による衰えを言い訳にした精神の荒廃なのか。それはわからない。 20代のときには夕飯を食べても…まあ食べないこともままあったが、 それから夜中まで机の前に座り続けることができていた。 しかも寝る時だって椅子で寝て、それで朝まで過ごして、 翌朝は何事もなく出かけて行ったものだった。 1年365日、そうやって椅子で寝ていたのである。 今は椅子で寝ても、夜明け前に起きてしまう。 そして布団で寝なおさないと体力が回復しない。 まったくもって情けない限りである。 昔のことはともかく、夕飯を食べてすぐに横になってしまう性根を叩き直したい。 抗うことが私の人生における信条だ。 眠いから横になるという誘惑にすら打ち勝てないで、何が信条か。

                   

                   

                   

                   


                  一時の昂ぶりに身を任せてしまいそう

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                    文字にすれば冷静に足し算引き算の世界だと思うが、 渦中にいるとテンションがハイになって、わけがわからなくなる。 地に足がつかない額で損をしたり得をしたりして、 まったく自分の力が及ばないところで 自分の運命が決まっているような錯覚に陥るのだ。 心臓の鼓動が速くなり、全身に血液が巡りだす。 まあ普段も血液は全身を巡っているのだが、 それが実感できるほどになるということだ。 マネーゲームで気持ちが昂ぶり、ハイになる。 実は私の職場にもその病に罹患している者がいて、 会うたびに株取引の損益を熱く語ってくる。 仕事が忙しいときでもお構いなしだ。 ハイになってるから、もはや自分で自分を止められないのである。 彼は常に数十万〜数百万を動かしているようだ。 だから昼休みには必ず株価をチェックしているし、 就業時間中にも堂々とチェックしていたりする。 上司に怒られるリスクと天秤にかけても、株価チェックを取るのだ。 病気なのである。 そういえばかつて私もお小遣い程度の株式投資を大学の頃にしていたものだ。 ある日に数万で買ったスターバックスの株が、 買って1時間くらいでストップ高になったことがある。 大学の頃は10万くらいで生活していたから、 そのときの衝撃を想像してもらいたい。 まあそんなわけで、身の丈を超えたマネーゲームは ランナーズハイと同様にハイをもたらす。 気持ちが昂って周りが止まって見えるほどだ。 尋常でない精神力が身についた気になり、万能感が全身を支配する。 今なら弾丸ですら、見てから余裕で避けられると思ってしまう。 しかし、そこで一度冷静になれる者が、最後まで倒れずにいられるのだろう。 勝ちすぎてもいいが、 その熱狂に体ごともっていかれないように気をつけなければいけない。 勝っている間はいいが、負けが込むと精神もお金も一気にもっていかれる。 あっという間に勝者と敗者が入れ替わるのが投資の世界だ。 各種投資には、利回りやら諸々のリスクを計算してもなお、 このマネーゲームハイというリスクが残っている。 このリスクをコントロールできるようになれば一流だ。 私はたぶんまだコントロールできない。 一時の昂ぶりに身を任せてしまいそうだ。
                  • 宇賀神社【佐渡市】本物に相談!有名霊能力者・神社・スピリチュアルカウンセラー特集
                  • 佐渡市 霊視 
                  • 新潟市 霊視 
                  • 三条市 霊視 
                  • 小千谷市 霊視 
                  • 加茂市 霊視 
                  • 見附市 霊視 
                  • 村上市 霊視 
                  • 燕市 霊視 
                  • 糸魚川市 霊視 
                  • 妙高市 霊視 
                  • 阿賀野市 霊視 
                  • 魚沼市 霊視 
                  • 南魚沼市 霊視 
                  • 胎内市 霊視 

                  • 思い立ったら即行動する

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                      タイヤの空気が抜けつつある。 抜けつつあるのを誤魔化して使用している。 乗っているときにはタイヤに負荷がかからないよう、 細心の注意を払って使っている。 段差を避けたり、重心の位置を気にしたり。 はっきりいってクソめんどくさくい。 それで、このままではいけないと思い、 さきほど、休日ではあるがわざわざ電車で出かけて空気を入れてきた。 もちろん平日に空気入れを借りて 昼休みにでも空気を入れることはできるのだが、 今までやろうとしてやらなかったので、 自分の将来の行動は全くあてにならない。 だから今できることは今やるのである。 思い立ったら即行動するというのは、 多くの人間が心がけていることだろう。 しかし実際にやっている人は多くないように思う。 なぜか。効率性の問題が邪魔をするのだ。 つまり、「ついでのときでいいや」とか 「天気が良くないから後でいいや」とか、 それらしい理由をつけて結局やらないという問題である。 合理的な考えが行動の遂行を妨げている。 だから私は行動するときに あえて合理性を持ち出さないようにしている。 「このDVDを返す」と思ったら、 それ以外の用事がなくてもとりあえずDVDを返しに行く。 それで家に帰ってきて、何かを忘れていたら、 そのときはまた出かけて用事を済ませればいいだけだ。 とにかく行動を積み重ねて量をこなす。 家にいていろいろ考えていても、 実際に行動しなければ用事は減っていかない。


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